コラム column

SUS310S材の熱伝導率を比較する

1: SUS310Sの基本特性

1-1: SUS310Sとは?その成分と性質

SUS310Sは高温環境に強いオーステナイト系ステンレス鋼で、主に以下のような特性を持ちます:

  • 主成分:クロム(Cr)25%前後、ニッケル(Ni)20%前後
  • 特性:高温酸化に強く、熱膨張や熱衝撃にもある程度の耐性を持つ
  • 用途:工業炉部品、排気系パーツ、熱交換器など高温用途全般

その成分構成から耐熱性が高く、800℃以上でも性能を維持できることが特長です。

1-2: SUS310Sの磁性と機械的性質

  • 磁性:オーステナイト系のため、基本的には非磁性体(ただし冷間加工により若干の磁性を帯びる場合あり)
  • 引張強度:約520MPa
  • 降伏強さ:約205MPa
  • 伸び:40%前後
  • 硬さ(HB):約180〜220
    靭性と延性に優れ、加工性も良好ですが、冷間加工時には硬化しやすいため注意が必要です。

1-3: SUS310Sの熱膨張率と線膨張係数

高温でも寸法安定性を維持しやすいのがSUS310Sの特徴の一つです。

  • 線膨張係数(20〜100℃):約15.9×10⁻⁶ /K
  • 線膨張係数(100〜500℃):約18.0×10⁻⁶ /K
    この数値はオーステナイト系ステンレスとしては平均的で、熱膨張による変形やひずみを考慮する必要があります。

2: SUS310Sの熱伝導率

2-1: SUS310Sの熱伝導率の重要性

SUS310Sは高温用途に向いた材料ですが、熱伝導率はそれほど高くありません。

  • 熱伝導率(常温):約14.2 W/m・K
    これにより、急激な熱変化に対して温度勾配が生じやすく、熱応力を考慮した設計が求められます。

2-2: SUS310Sと他のステンレス鋼の熱伝導率比較

以下は代表的なステンレス鋼との比較です(常温時):

  • SUS304:16.2 W/m・K
  • SUS316:16.3 W/m・K
  • SUS310S:14.2 W/m・K
    SUS310Sは耐熱性に優れる反面、熱伝導性はやや劣る点が特徴で、断熱や温度差を利用した設計に有利です。

2-3: 熱伝導率がもたらす実用的な影響

  • メリット:緩やかな熱伝達により、熱膨張や応力集中を抑えやすい
  • デメリット:熱の分散が遅く、加熱・冷却時間が長くなる
  • 応用例:工業炉の内部構造、熱交換器の仕切り板など、温度分布の制御が求められる場面に最適

3: SUS310S vs SUS316 vs SUS304

3-1: それぞれの熱伝導率の違い

材料熱伝導率(W/m・K)特性
SUS304約16.2一般的な汎用材、加工性◎
SUS316約16.3耐食性高く、海水環境に強い
SUS310S約14.2高温耐性が最も高い

熱伝導率はSUS310Sが最も低く、逆に耐熱性では最も高いというトレードオフの関係が見られます。

3-2: 熱性質に基づく用途比較

  • SUS304:キッチン機器、建材、産業機械など広範な用途に適応
  • SUS316:化学プラント、海洋構造物、医療機器など耐食環境に最適
  • SUS310S:高温環境(工業炉、排気システム、熱処理装置)に特化
    熱に強い材質を選ぶか、熱を素早く逃がす材質を選ぶかで用途が大きく変わります。

3-3: 選択のポイント:どの素材が最適か

  • 選定時のチェックポイント:
    • 使用温度が高い → SUS310S
    • 高温+耐食性が必要 → SUS316
    • 加工性・コスト重視 → SUS304

熱伝導率だけでなく、温度・腐食環境・コストなど総合的に判断することが重要です。

4: ステンレス鋼の熱物性データ

4-1: 他の主なステンレス鋼の熱伝導率と比較

ステンレス鋼は種類により熱伝導率が大きく異なります。SUS310Sを含め、以下は代表的な材質の常温(25℃付近)での熱伝導率比較です:

  • SUS304:約16.2 W/m・K(一般的なオーステナイト系)
  • SUS316:約16.3 W/m・K(耐食性に優れる)
  • SUS310S:約14.2 W/m・K(高温用・耐熱性に特化)
  • SUS430:約26.0 W/m・K(フェライト系で熱伝導性に優れる)
  • SUS410:約24.9 W/m・K(マルテンサイト系)

SUS310Sは熱伝導性は低めですが、そのぶん高温耐性に優れ、熱膨張による歪みを抑えやすいという特徴があります。

4-2: 熱伝導率の測定方法と実験データ

熱伝導率の測定には主に以下の方法が使用されます:

  • レーザーフラッシュ法(LFA):短時間で精密な測定が可能。高温測定にも対応。
  • 定常法(定常状態法):シンプルな構成だが測定に時間がかかる。主に低温帯で使用。
  • 比較法:既知の材料と未知の材料を同時に測定し、差を比較する方式。

SUS310Sにおける実験結果では、温度上昇に伴い以下のように熱伝導率が変化します:

  • 100℃:約15.1 W/m・K
  • 300℃:約17.5 W/m・K
  • 600℃:約20.8 W/m・K

このように、温度が上がるにつれて熱伝導率も上昇する傾向があることが確認されています。

4-3: SUS310Sの熱処理とその効果

SUS310Sは高温での使用を前提に設計されているため、熱処理によってさらに特性が強化されます:

  • 固溶化処理(1050〜1150℃ → 急冷):結晶粒を均一化し、延性と耐食性を向上
  • 応力除去焼鈍(800〜900℃):加工後の内部応力を緩和し、寸法安定性を確保
  • 熱影響部(HAZ)の制御:溶接部付近でも特性を損なわないよう、適切な冷却条件を設定

これらの熱処理は、熱膨張の安定性や靭性の保持に大きく寄与します。


5: SUS310Sの用途と製造技術

5-1: 産業におけるSUS310Sの役割

SUS310Sはその耐熱性から、以下のような高温環境下の構造材料として広く使用されています:

  • 工業炉内部ライニング、炉台
  • 焼却炉部品、燃焼チャンバー
  • 排ガスシステム(自動車・発電設備)
  • 熱交換器、加熱コイル
  • ケミカルプラントの高温パイプライン

熱酸化や熱疲労に強く、800〜1150℃の高温領域でも安定した性能を維持するため、他のステンレスでは対応困難な用途でも選定されます。

5-2: 製造プロセスにおける特性

SUS310Sの加工や溶接には以下のような技術的配慮が必要です:

  • 冷間加工:加工硬化しやすいため、事前の焼鈍処理が望ましい
  • 溶接性:良好だが、厚板溶接では熱ひずみや割れに注意し、後処理が重要
  • 切削性:オーステナイト系の中ではやや劣るため、低速・高送り条件で切削

また、溶接部の熱影響部での金属組織変化に対して、適切な後熱処理が推奨されます。

5-3: 環境に応じた用途の選択肢

SUS310Sは以下のような環境下で特に効果を発揮します:

  • 高温酸化雰囲気(空気中、酸素リッチ):Cr成分による酸化皮膜で保護
  • 熱衝撃の頻繁な工程(急冷急加熱):寸法安定性と低い熱膨張が利点
  • 硫化水素・硝酸など特定の腐食性ガス存在下:高温耐食性に優れる

選定時には、温度帯・雰囲気・腐食要因・応力条件を総合的に判断することで、SUS310Sの持つポテンシャルを最大限活用できます。